執筆陣(敬称略・予定は未定)

あんのん:?
しらたき:イラストワークス『ヌーヴェルヴァーグ』
保田やすひろ:グラフィック・ノベル(挿絵:?)
こんぺいとう:?



#104:漫画『鶏の足の上に立つ小屋』

リリース時期:2014年春頃

病院をめぐる倒錯の冒険『迷宮病院』

・ボクには幼稚園の思い出というのが殆ど有りません。それは幼いうちから発達障害と動脈開存症という、心臓の右心房を左心房の隔たりがなく血が交じり合うという先天性の生死に関わる病気で有ったために小学校入学寸前まで幼少期の殆どを病院という空間で過ごしました。
病院という空間は灰色の壁と緑の床の世界でした。天井には剥き出しのパイプが張り巡らされ、さしずめ今となってはレトロなサイバーパンク映画のような世界でした。今でも鮮明に覚えているのが手術の時に担架に乗せられ地下のフロアにエレベーターで運ばれ、ただひたすら天井を観ていた時の光景です。この地下空間と緑の重厚な隔壁の扉の奥の奥にはどんな世界があるんだろう?手術はボクはガスで眠らされ特に苦痛を感じることはなく終わり、あとは数日の間ひたすら動けない状態でした。その時にそれなりの高級なアイスクリームを貰って美味しかったのが印象に残っています。また病室の隣のベッドには同年代くらいの女の子が居て、その子とは仲良しでした。いろいろ折り紙で遊んだりしました。
後に小学校になってからその子は今ごろどうしているんだろう?と思って母親に聞いたのですが、死んだそうです。
ボクは同年代の男の子がロボットアニメとか鬼ごっことかプールで遊んでる間、ずっと病院というサイバーパンク的な空間に居て、その奇妙な世界を見続けてきました。それ故にか小学校に入ってから周囲とは何か浮いたような存在でした。

それから2013年の春に隔離病棟に入院することになります。
大人になった目で病院というのをもう一度見てみたのですが、ほんとうに不思議な空間です。その入院していた施設は、仮にA病院と呼ぶなら、そのA病院は辺鄙で誰も住まない土地の安い田舎にバブルの時期に建てられたスポーツ保養施設があり、バブル崩壊と共に競売に出され○○医療法人XX会とかそんな団体が買収して、歪な増改築をした結果…田舎の極寒の山頂にある、docomoの電波ですら入らない要塞を構築していました。

そこはとても歪なラビリンス(迷路)でした。目的地は実は目の先に見えているのにそこに到達するにはエレベーターを使い迂回ルートを通って初めて到達できるような建築学的にあまりにも理不尽な構造をしているのです。そしてところどころに意味不明用途不明のレストスペースがあり、そこは当時はレストランだったと思わせる空調ダクトがありました。そしてその要塞の中は重い金属の扉がありセキュリティカードでないとロックが解除されないようになって居ます。よってその全貌を知ることは出来ないのです。
この病院での生活はとにかく暇でした。やることがないのです。プレイルームみたいな場所があるのですがネットが出来るパソコンが一台あるだけで、大抵そこは同じ人間がいつもyoutubeで音楽ばかり延々と聞いています。なんかわざわざ邪魔して「パソコンを使わせてくれませんか?」と言うのも神経に触ったら嫌なので書庫を探ったのですが本が80年代や90年代で止まっています。30年前の漫画なんてザラでして、そこで懐かしい漫画「代打屋トーゴー」に再会できたのは少し嬉しかったです。この漫画は集めていたのですが阪神淡路大震災で全部台無しになり、現在古本屋でも物が古くて売っておらず文庫化はされているのですが何故か半分の話しか収録されておらず完全版では有りません。
…なんでボクは携帯で音楽ばかり聴いてました。携帯は持ち込みは可能ですが充電は駄目というかコンセントを使わせてくれないというルールなのでモバイルチャージャーで充電していました。せめてネットでも出来ればよかったんですが、しかしむしろネットがなかったからこの持て余す時間を「病院」という迷宮を探査する時間に使えました。
老朽化した部分と増改築した新しい部分、イントラネットでLANケーブルがゴチャゴチャのナースステーション、古い物と新しいテクノロジーが不恰好なマッチングをしていて奇妙でした。

病院とは言ってしまえば一つの小社会でもあります。特に隔離病棟の場合。
例えばボクの場合は朝・昼・晩の食事の時に必ず音楽が掛かるのです。オペラ座の怪人とかワルキューレの行進やエリザベートとか…何故だかどれも妙に物々しい音楽ばかりです。そうやって『物々しい音楽がかかる=何かが有る時間』と刷り込んで動物のような扱いをしているのでしょう。食事は可もなく不可もなく。血液検査で血糖値を図ってボクの場合は低血糖値の食事が与えられました。
歪な構造の病院と糞尿とそれを誤魔化す強烈な化学臭を放つ消毒液の匂いに包まれて、その殺伐とした世界を誤魔化すかのようにわざとらしくゴッホのひまわりを飾り子供や花の絵を壁に描いている異形の空間。ボクは「抜け出せない迷宮」というイマジネーションがずっとずっと、頭の中でグルグルして幼少期の体験ともリンクしました。

病院を描いた物語は医師のドラマを描いたものばかりです。
そこに居る患者と病院という迷路に囚われて脱出出来ない人間らの物語は存在しないのではないかと。

パラノイド・スキゾフレミア・義肢・欠損・機械化・実験体…

病院を回る奇妙な倒錯の物語を一度何らかの形にしたと思っていました。